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目標を立てるということ
 埼玉大学の中期目標・中期計画が例の合併騒動のさなかにバタバタと決められたこともあって、もっと具体的な目標を考えよう、という動きがあります。
 行動目標には、実現しようとする望みがあり、その望みをかなえる手段の裏づけがなければなりません。例えば「お金が欲しい」ときの行動目標には収入を増やすか支出を減らすか、どちらかが含まれているはずです。「お客様を第一に考えます」とだけ書いてあったら、それはお客様に読んでいただくためだけのウソ目標になってしまうでしょう。「お客様に喜んでいただくために、お金を受け取らないよう頑張る」とまで書けば、節制目標として意味があるのでしょうけれど。
 目標を共有するということは、望みを共有するということなのです。どうやって望みを共有するか。じつは問題はここなのです。共有できる思いや手段を再確認し、増やす場をどう作り、どう維持して行くか。それがなければ、目標を上から投げても下から叫んでも、メッセージの受け取り方に何の調整もないわけですから、それぞれの人や小組織の日々の行動に目標をつなぐことができません。
 上がアレだとかそのまた上がアレだとかいう議論は、自分(たち)が今日なにをするかという議論の代わりにはなりません。自分(たち)が今日なにをするかという議論は、自分にとってしんどい結果しか生まないので不愉快なものですから、どうしても別の議論をそこに混ぜてしまいたくなりますが、それは寄り道なのです。

日々の要求に従え。(マックス・ウェーバー、『職業としての学問』)
| 並河 永 | 大学教育 | 08:15 | comments(0) | trackbacks(0) |
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