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大学をどうする(4)JV型機動大学

 第三者評価を組織に対して加えることで、大学は「組織として」何をしたかを頻繁に問われるようになりました。こんなに成果を上げてる人がいるでしょう、ではだめで、「組織の力で」「組織として」何をやったかが問われることになりました。おそらく先年、大阪大学の社会経済研究所が存立を問われる事態になってあわてたのも、ここのギャップへの対応がらみだったろうと思います。
 協力してあげた成果なしには個人が立ち行かなくなって来ました。ところがその一方で、組織としてのオーバーヘッドである設備や事務員の確保がどんどん不安定になってきています。スタッフ同士が協力するということは、スタッフを支える設備や事務がそれに巻き込まれるということですが、その充実振りがばらばらで、コントロールもできません。
 例えば教職を取るのに何と何と何を履修すればいいのか、スラスラ言える経済学部の教員はほとんどいないと思います。そうした説明は従来、すべて事務の窓口にお願いして来ました。ところがぎりぎりの人数でいろいろな持ち場を守る傾向がますます強くなって、窓口の共通化・一本化に向けた流れが出来てきました。窓口での取扱が簡単で、混乱やミスの起きにくい運営を意識しないと、新たな試みが危険を呼び込むことになります。
 いる限りの人間で、必要な限りの協力関係をパパッと作って、限られたオーバーヘッドでできるところまでやる。それは建設業で案件ごとに組まれるジョイントベンチャーに似ています。
 社会の要求というのは移り気なものです。なにか耳目を引く出来事があると、突然ひとつの要求が強まったりします。それに直面するたびにあわてていたのでは身がもちません。そういうことがあるものだと最初から身構えて、変化に備える資源と、自分たち固有の姿を維持する資源の両方に、普段から持っているものを振り分けておく必要があります。世間の要求に対応することばかり考えていても、ウリモノを継続的に育ててゆくことはできませんし、そうすると世間は結局不満を持つでしょう。
 キーワードとしてあえてまとめるなら、JV型機動大学、ということになりましょうか。
| 並河 永 | 大学教育2006 | 02:57 | comments(0) | trackbacks(0) |
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