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マニュアル脳
 御無沙汰しておりますが皆様にはいかがお過ごしでしょうか。
 最近SPAMコメントが増えておりますので、うっかりリンクを触らないよう御注意ください。

 成績をすっかりつけ終わって思いますが、「こう問われたらこう答える」というパターンのみで生きている人が非常に多いことにやはり驚きます。これは受験の成績などでは完全には測れません。入試自体が、「こう出題すれば別の正解が存在したり、複数の正解が存在したりせず、祭典のマンパワーも許容範囲に収まる」というパターンに縛られているからです。入試制度を何とかすれば日本は良くなる、という主張は、担当者も代えず授業内容もノーチェックで科目名だけ変えると何かいいことがある、という主張に似ています。
 自分の言葉でものを考えるというのは、自分の言葉世界の中に外界をとりいれて解釈を施すわけですから、すでに状況判断に踏み込んだ行為です。人の言葉と構成を使って現状を見ている限り、状況判断をしたことにはなりません。自動測定器でできることを人がやっているとしたら、やがてその人の職は自動測定器に取って代わられるでしょう。
 既存のパターンについて学ぶということは、状況判断を語る言葉が増えるということです。それ自体が状況判断の代わりにはなりません。案外、自分が最初に直観的に、自分の知っている言葉だけを使って雑に語った状況判断から、学んだ後の状況判断が一歩も進歩していない、などということがあります。そういうものだと思います。だから「自分の知っていることが多くても少なくても、まず自分の言葉で考える」ことが大切なのです。
| 並河 永 | 考えるわたくし | 11:06 | comments(0) | trackbacks(0) |
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