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前期 ミクロ経済学の総括
 記録的(当社比)な大嵐ですね。第2回小テストの出来がよかったのを見た私に、油断がありました。
 全6問中5問は、(B5サイズの解答欄)1行で正解を書くことができます。うち3問は、コンセプトが混乱している文章を正しく直すもの。「わかったつもりになっている」ことと「わかった」ことの境界線を突く問題。たった1行でも「選択肢が無い」ことで、どこがポイントなのか自分の言葉で書かなければいけなくなって、シカバネ累々。

 今回私は、講義をなるべく「教科書どおりの構成」とし、欠席で抜けたら教科書を読んでこい、と言いました。レンガを積み上げるようなミクロ経済学に奇手はふさわしくありません。その教科書の練習問題に準じた形式とレベルの問題を出す、とも言いました。その練習問題の中には多くの計算問題がありましたが、これは小テストで試しました。残りで多かったのは、コンセプトの理解を試す、正誤問題や選択問題でした。私はこれと似たような問題を出しましたが、答えを自分で書く形式にしました。その中には、授業中「例年ここでこう間違える人が多い」と解説したものも含まれていました。

 学校を出たら役に立たなくなる講義。それは講義のテーマや話題がまずいのではなくて、聞き方(評価の仕方)がいけないのではないか。その出口に合わせて、授業を構成していくべきではないか。私はそう考えています。簡単なことでも、自分の言葉で短く語ること。長いと相手は聞いてくれないでしょう。相手は給料をもらった教師ではないのだから。そしてポイントになる部分がはっきりしていないと、相手はいやな顔をするでしょう。

 大学はどうあってほしいか。学生、親や世間、そして大学スタッフのあいだで、望みは異なっていて当然。学生は「どうすればいいのか言ってほしい」と言い、教師は「大学は指示待ち人間をつくるところじゃない」と突っぱねる。そのまま平行線をたどらせると、期末試験でどっかーんとぶつかって、あとは事故処理のように、点数配分に頭をひねらせるしかなくなります。どんな指示をどこまで出すか。
 私は今回の出題について、十分な警告をしているつもりでしたが、残念ながら十分ではなかったようです。1年生が多いこともあって、大学の単位は出席してそこそこやっていれば何とかなるもんだ、と決めてかかっているような空気を感じました。しかしそれは一部の人が教壇から見て目立っただけで、おそらく今回失敗した人の典型は、「わかっていると思っていたが実はわかっていなかった」人。この理解でいいのか、この理解で正しいのか、と曖昧な部分を詰めて考える練習をしなかった人。練習すれば、できるようになったはず。

 今年の小テストでは、300人の受講者がぎちぎちに詰まった教室でのテストになったため、あるパターンに沿ってはいるが細かいパラメータが違う(したがって答えも違う)問題を人数分つくり、エクセルで答えをひとりずつ生成させながら採点するという大技を試みました。これは受講生諸君の意表を突いたようで、1回目と2回目のテストでは得点が(そしてたぶん準備度が)全然違っていました。これは皆さんをやる気にさせ、一定の水準まで持ってくるシステムとして成功で、またやりたいと思います。一方、前期試験で試したコンセプト理解という点では、皆さんの努力をうまく引き出すことが出来ず、そうだとしたら講義の構成(内容)も一工夫する必要がある、と考えています。
| 並河 永 | 授業日記2006 | 12:35 | comments(0) | trackbacks(0) |
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